2007年10月03日

昭和の時代(その1)

私はいわゆる団塊の世代です。

戦後生まれですが、日本が高度成長・バブル崩壊・そして、平成の時代を経験してきました。

このタイトルでは何回かに分けて書くことにしました。



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おじいちゃんと孫たちです。

何かに機会には大勢の親族が集まりました。



今から思うと生活は凄く不便でしたが、温かく楽しい家庭がありました。

おじいちゃん・おばあちゃんも傍にいて、家に帰るとお母さんがいました。


お姉ちゃんも勉強を良く教えてくれましたね。




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子どもたちの役割もちゃんと決まっていて、私は井戸からトヨを引きガチャコン・ガチャコンと井戸を汲み、風呂に流し込むのです。

もちろん、風呂を沸かすのは私の役割で炊きつけは紙や廃材です。

一番に入るのはおじいちゃん。
仕事から早く帰えればおとうさんの順でした。


おじいちゃんには「風呂の中に手ぬぐいを入れちゃ駄目だよ!」といつも怒られていました。

数を覚えたのも風呂場でしたね。
「ひぃ〜 ふぅ〜 みぃ〜 よっ・・・。いち にぃ さん しぃ〜・・・」


冬になると大きな掘りゴタツに、みんなが集まりラジオなどを聞いていたものです。

母は裁縫をし、姉は本を読み、私たちは何をしたかは覚えていません。


コタツの燃料は豆炭か練炭でした。

布団には母が湯たんぽを入れてくれ、厚着をして潜り込んだものです。

あの温もりは忘れられませんよ。



トイレは昔ですので、ボットン便所(汲み取り式)です。

これを汲み取るのは父でしたが、一緒に桶を担いで小さな畑に肥料として撒くこともありました。

あまりにも臭さに逃げ回っていました。(笑)



小さい頃は冷蔵庫もありませんので、常に新鮮な食べ物ばかりだったのでしょう。

そのせいか、煮物が多かたような気がします。

今や冷蔵庫は物を腐らせるためにある?とも言われています。
(この意味合いは解りますか?)


着るものはお下がりやもらい物が多く、まさにリサイクル・リユースの先端?でした。
(私は長男なので新しいものがほとんどでした)


こんな生活でも今から考えると、今以上に裕福な環境でしたね。



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自然も多く、子どもたちは暗くなるまで外で遊び、悪いことをすれば他人から怒られるのもしばしばです。


今では物が溢れ、片付けてはあるのですが、日本中がごみ屋敷のように感じます。

衣類も多過ぎます。

食べ物もあり過ぎます。

全て便利に整い過ぎています。



こんな中でも、何か物足りなさを感じています。

それは何なのでしょうか?


yuki
posted by yuki爺 at 00:00| 東京 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
それを感じているのはyukiさんだけでは無いですよ
私も先日参列した結婚式で益々それを感じましたね
便利さと引き換えに物質社会に重点を置いてしまったのでしょうね
人間として大事な事を忘れているような気がしてなりません
イジメも年々陰湿になり 子供が親を殺したり 殺されたり 何かが違ってきていますね
これからどのようにこの世の中と向き合うかが大切ですね
Posted by NATURAL at 2007年10月03日 07:43
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